事実実験公正証書

(目次)
 Q  公証人に事実実験を依頼できるそうですが、事実実験とはどんなことですか
 Q  特許権等の知的財産権に関する事実実験について説明して下さい
 Q  「尊厳死宣言公正証書」に関する事実実験について、説明して下さい


 公証人に事実実験を依頼できるそうですが、事実実験とはどんなことですか。

 公証人は、法律行為を対象とした売買等の契約のほか、五感の作用により直接見聞した事実を記載した「事実実験公正証書」を作成することができます。事実実験は、裁判所の検証に似たもので、その結果を記載した「事実実験公正証書」は、裁判所が作成する「検証調書」に似たものであり、証拠を保全する機能を有し、権利に関係のある多種多様な事実を対象とします。
 例えば、特許権者の嘱託により、特許権の侵害されている状況を保全するため、その状況を記録した事実実験公正証書を作成する場合や、また、相続人から、相続財産把握のため被相続人名義の銀行の貸金庫の中身を点検・確認してほしいとの嘱託を受け、貸金庫を開披し、その内容物を点検する事実実験公正証書を作成したりすることがあります。その他、キャンペーンセールの抽選が適正に行われたことを担保するため、抽選の実施状況を見聞する事実実験、土地の境界争いに関して現場の状況の確認・保存に関する事実実験、株主総会の議事進行状況に関する事実実験など様々なものがあります。事実実験をどのように実施し、どのような内容の公正証書を作成するかは、当該対象物により異なりますので、具体的には嘱託する公証人と事前に十分打合せをすることが必要です。
 私権の得喪・変更に直接・間接に影響がある事実であれば、債務不履行、不法行為、法律でいう善意・悪意などであろうと、物の形状、構造、数量ないし占有の状態、身体・財産に加えた損害の形態、程度などであっても差し支えありません。
 事実実験公正証書を作成しておけば、公正証書の原本は、公証役場に保存されるとともに、公務員である公証人によって作成された公文書として、裁判上真正に作成された文書と推定され、高度の証明力を有するので、証拠保全の効果が十分期待できるのです。


 特許権等の知的財産権に関する事実実験について説明して下さい。

 知的財産権、すなわち特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、営業秘密(ノウハウ)等は、企業の営業活動の中で極めて重要なもので、これらの権利を侵害から守ることが必要となります。そこで、一例として、自社が開発した装置を組み込んだ試験機をデモストレーションとして他社に長期間貸し出すにあたり、試験機の構造等についての製造技術を保全するため同試験機を見分する事実実験に基づき作成した文例を紹介しますので、参考にしてみて下さい。

【文例 1】

事実実験公正証書
   本公証人は、○○機械設計を営む○○(東京都大田区○○丁目○番○号、昭和○年○月○日生。以下「嘱託人」という。)の嘱託に基づき、同人が本公証人役場に持ち込んだ機器を見分した結果について、次のとおり本証書を作成する。
  第1条 嘱託の趣旨
    嘱託人は、○○等の通気度を測定する試験機(以下「本試験機」という)を製作した。従来の同機種では、@試験片の○○における横漏れの問題とA測定(計測)時間がかかりすぎる問題があった。
   そこで、嘱託人は、@の横漏れ対策として、試験片の締め付け部の外周に○○方法を採って、測定部の横漏れをなくした。その結果、通気度を正しく計測することができるようになり、また、この方法によると、試験片を強く締め付ける必要性がないことから、a装置の強度問題が解消され、b試験片も傷まず、c再測定も可能となって、信頼性が向上し、d素材条件によっては○○が不要となる(メンテナンスが容易となる。)利点がでる。なお、測定の試験圧を○○法と同一のものとしたが、用途によっては他規格にも合わせることができる。また、上記Aの計測時間の短縮の問題も、a新たに圧力の制御方法を開発し、その開発された○○を本試験機に取り付け、さらに、b試験片の圧力による膨らみを押さえる○○を取り付け、c測定部内側の空間部を迅速に充填する○○を設けたことにより、○○秒以内で計測することが可能となった。嘱託人は、本試験機の特許申請を準備中であるが、本日、本試験機をデモンストレーションとして東京都大田区萩中○丁目○番○号○○株式会社(代表取締役○○)に持ち込み○○日までの予定で貸し出すことにしたが、長期間の貸し出しとなることから、同社に持ち込む前に本試験機の構造等についての保全措置を講じておきたい。よって、その保全の事実を見分し、公正証書を作成されたい、というのである。
  第2条 見分の結果
    本公証人は、平成○○年○月○日午前○時ころから同日午前○時ころまでの間、当公証人役場において、嘱託人から、嘱託人作成の説明書に基づき、嘱託人が持ち込んだ本試験機の指示説明を受けたが、その結果は、次のとおりである。
   1 嘱託人が持ち込んだ本試験機の形状及び同機についての指示説明内容は本証書添付写真○ないし○のとおりである。
   2 嘱託人は、本試験機の寸法は本証書添付の「装置全体図」と題する書面のとおりであり、各部の名称は、同添付の「各部の名称」(正面図、背面図、側面図の3通)、その各部の機能、目的等は同添付の「○○構成図の部品説明」と各題する書面のとおりである旨説明した。
   3 嘱託人は、本試験機の開発目的について、本証書添付の「本装置の開発目的」と題する書面のとおり説明した。
   4 嘱託人は、上記第1嘱託の趣旨欄の@試験片のクランプにおける横漏れ問題の対策として、本証書添付の「横漏れ防止○○図」と題する書面記載の方法を考案し、横漏れを防止することができた旨説明し、本試験機の当該部を指示した(本証書添付写真○)。そして、嘱託人は、本試験機の当該部の構造等は本証書添付の「測定の○○図」記載のとおりとなっている旨説明した。
   5 嘱託人は、本試験機の作動方法について、本証書添付の「作動説明(順序)」と題する書面記載のとおりの説明し、自ら同記載の順序に従って、本試験機を操作したところ、同機は、その通り作動した。
  第3条 嘱託人は、印鑑証明書により人違いでないことを証明させた。
  以上の事項を嘱託人に閲覧させたところ、その正確なことを承認して次に署名捺印した。
  (写真及び図面等は省略)


 「尊厳死宣言公正証書」に関する事実実験について、説明して下さい。

 過剰な延命治療を打ち切って、自然の死を迎えることを望む人が多くなってきていますが、その顕れとして、事実実験の一種として、「尊厳死宣言公正証書」の作成例も見られるようになってきました。
 「尊厳死」とは、一般的に「回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせることをいう。」と解されています。近代医学は、患者が生きている限り最後まで治療を施すという考え方に忠実に従い、長らく、1分でも1秒でも生かすべく最後まで治療を施す治療が行われてきました。しかし、延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている実例などがきっかけとなって、単に延命を図る目的だけの治療が、果たして患者の利益になっているのか、むしろ患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題認識から、患者本人の意思、すなわち、患者の自己決定権を尊重するという考えが重視されるようになってきました。「尊厳死」は,現代の延命治療技術がもたらした過剰な治療を差し控え又は中止し、単なる死期の引き延ばしを止めることであって許されると考えられるようになりました。
 近時、我が国の医学界などでも、尊厳死の考え方を積極的に容認するようになり、また、過剰な末期治療を施されることによって近親者に物心両面から多大な負担を強いるのではないかという懸念から、自らの考えで尊厳死に関する公正証書作成を嘱託する人も出てくるようになってきました。
 「尊厳死宣言公正証書」とは、嘱託人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち延命措置を差し控え、中止する旨等の宣言をし、公証人がこれを聴取する事実実験をしてその結果を公正証書にする、というものです。
 ところで、尊厳死宣言がある場合に、自己決定権に基づく患者の指示が尊重されるべきものであることは当然としても、医療現場ではそれに必ず従わなければならないとまでは未だ考えられていないこと、治療義務がない過剰な延命治療に当たるか否かは医学的判断によらざるを得ない面があること、などからすると、尊厳死宣言公正証書を作成した場合にも、必ず尊厳死が実現するとは限りません。もっとも、尊厳死の普及を目的している日本尊厳死協会の機関誌「リビング・ウィル」のアンケート結果によれば、同協会が登録・保管している「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、近年は9割を超えており、このことからすると、医療現場でも、大勢としては、尊厳死を容認していることが窺えます。いずれにしろ、尊厳死を迎える状況になる以前に、担当医師などに尊厳死宣言公正証書を示す必要がありますので、その意思を伝えるにふさわしい信頼できる肉親などに尊厳死宣言公正証書をあらかじめ託しておかれるのがよいのではないかと思われます。尊厳死宣言公正証書の一例を、下記に記しておきますので、参考にしてみて下さい。

【文例 2】

尊厳死宣言公正証書
   本公証人は、尊厳死宣言者○○○○の嘱託により、平成○○年○月○日、その陳述内容が嘱託人の真意であることを確認の上、宣言に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
  第1条 私○○○○は、私が将来病気に罹り、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
   1 私の疾病が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
   2 しかし、私の苦痛を和らげる処置は最大限実施してください。そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。
  第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。
     妻   ○ ○ ○ ○   昭和  年 月 日生
     長男  ○ ○ ○ ○   平成  年 月 日生
     長女  ○ ○ ○ ○   平成  年 月 日生
    私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。
  第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果して下さる方々に深く感謝申し上げます。そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動を執ったことにより、これら方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
  第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものであります。したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

【解説】
  (第1条関係)
   1  この証書の核心部分で、延命治療の差し控え、中止の宣言と併せて苦痛除去のための麻薬などの使用による死期の早まりの容認を述べています。
   2  延命治療の差し控え、中止(尊厳死)が許容される場合として大方の意見の一致をみているのは、医学的所見により不治の状態にあり、死期が迫っていて、延命治療が人工的に死期を引き延ばすだけという状態にある場合です。したがって、植物状態になっただけでは、それがある程度継続していても、尊厳死を許容することについては、現状では問題が多く、公正証書化は無理かと思われます。
  ( 第2条関係)
 医療の現場では、延命治療の差し控え、中止をするか否かの判断に当たっては、本人の意思のほか、家族の了承が重んじられている現状にあるので、できれば、この文例にあるようにあらかじめ家族の了承を得ておくのが望ましいのです。
  ( 第3条関係)
 医療現場においては、刑事訴追を懸念するあまり、尊厳死宣言に対し、過剰に拒否的態度に出る医師もないとは限りませんので、この文例では、嘱託人が、その指示に従って医療をしてくれた医師等を捜査や訴追の対象にしないことを望むとの記載をしておくこととしたものです。
  ( 第4条関係)
 延命医療の差し控え、中止の意思は、治療行為の当時になければならないため、宣言が有効に撤回されない限り宣言の効力が持続している旨述べているのです。



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