公証事務
4任意後見契約
Q 1. 後見という制度について、分かりやすく説明してください。
一般的に後見とは、保護を要する人の後ろ盾となって補佐することをいいますが、法律上の後見は、後見人に財産管理や日常取引の代理等を行ってもらうことによって、保護を必要とする人を守る制度をいいます。
成年のための後見制度は、認知症、知的障害、精神障害等の理由で判断能力の不十分な方々を保護し、支援する制度です。判断能力の不十分な方々は、不動産の管理や預貯金の預入れ、払戻し等財産を管理したり、身の回りの世話のために介護保険を利用してのサービスや施設への入所に関する契約を結んだりすることが難しい場合が少なくありません。自分に不利益な契約であっても正しい判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあうおそれもあります。成年のための後見制度は、このように、認知症や精神障害等の理由で判断能力の不十分な方々を保護し、支援する制度です。
Q 2. 成年のための後見制度について、分かりやすく説明してください。
成年のための後見制度は、法定後見制度(成年後見制度)と任意後見制度の二つがあります。
この法定後見制度は、裁判所の手続によって成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)が選ばれ、後見が開始する制度で、判断能力の程度等本人の事情に応じて、「成年後見」(判断能力が欠けているのが通常の状態にある人を対象)、「保佐」(精神上の障害により、判断能力が不十分な人を対象)、「補助」(軽度の精神上の障害により、判断能力の不十分な人を対象)に分かれています。なお、成年後見人等は裁判所が選任するので、当事者の希望される方が選任されるとは限りません。
これに対し、保護を必要とする人が、判断能力が十分なうちに、自分の意思(任意後見契約)によってあらかじめ後見人を選任するのが、任意後見制度です。
Q 3. 任意後見制度・任意後見契約について、詳しく説明してください。
任意後見制度は、委任者が自分の判断能力が十分なうちに、あらかじめ後見人となってくれる人(「任意後見受任者」といいます。)と任意後見契約を締結し、そこで選任しておいた任意後見人に、将来、自分が認知症や精神障害等で判断能力が不十分になったときに支援を受ける制度です。
人は、年をとるにつれて、次第に物事を判断する能力が衰えていくことは避けられません。ときには認知症といわれるような状態となり、自分の持っている不動産の管理や預貯金の出し入れ等の自分の日常生活に関わる重要な事柄について適切な処理をすることができなくなる場合もあります。我が国の高齢者のうち、令和4年の認知症の高齢者数は443万人、軽度認知障害の高齢者数は559万人と推計され、合計すると約1000万人を超え、高齢者の約 3.6 人に1人が認知症又はその予備群とも言える状況であるとされています(令和6年12月3日閣議決定「認知症施策推進計画基本計画」による。)。また、事故や病気等が原因となって認知症と同じような状態になることもあります。そのようなときのために、財産の管理や医療契約、施設への入所契約等の身上に関する事柄を自分に代わってやってくれる人(よく知っている人)をあらかじめ選んでおくと安心です。法定後見制度では見知らぬ人が成年後見人等に選任されることも多いので、安心感が違います。
このように自分の判断能力が低下したときに、自分に代わって財産管理等の仕事をしてくれる人(任意後見人)をあらかじめ定め、その人との間で、財産管理等の代理権を与えて仕事(法律行為)をしてもらうことを委任する契約が任意後見契約です。
Q 4. 任意後見契約を結ぶには、どうするのですか?
任意後見契約を締結するには、任意後見契約に関する法律により、公正証書でしなければならないことになっています。
その理由は、委任者本人の意思と判断能力をしっかりと確認し、また、契約の内容が法律に従ったきちんとしたものになるように、長年、法律の仕事に従事し、法的知識と経験を有する公証人が作成する公正証書によらなければならないと定められているのです。公証人は、任意後見契約の内容等について適切なアドバイスをしてくれます。
Q 5. 意思能力が欠ける未成年者の子を持つ親が、子に代わって、自らを任意後見受任者とする任意後見契約を結ぶことは可能でしょうか?
家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上で、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者との間で、任意後見契約を結ぶことができます。ただし、法律上、本人が未成年の間は、任意後見監督人を選任しないこととされていますので、契約の効力を生じさせることができるのは、本人が成年に達した日以降となります。
Q 6. 任意後見人の基本的な仕事の中身は、どういうものですか?
任意後見契約は、委任者が自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について、任意後見人に「代理権を与える契約」です。
任意後見人の仕事は、この与えられた代理権を用いて行うものです。大きく分けますと、一つは、委任者の「財産の管理」です。自宅等の不動産や預貯金等の管理、年金等の受取、税金や公共料金の支払等々です。もう一つが、「介護や生活面の手配」です。要介護認定の申請等に関する諸手続、介護サービス提供機関との介護サービス提供契約の締結、介護費用の支払、医療契約の締結、入院の手続、入院費用の支払、生活費を届けたり送金したりする行為、老人ホームへ入居する場合の入居契約を締結する行為等です。
以上のように、任意後見人の仕事は、委任者の財産をきちんと管理し、介護や生活面のバックアップをすることです。
なお、任意後見人の仕事は、代理権を用いて行うものであり、任意後見人が自分で被後見人のおむつを替えたり掃除をしたりするという事実行為をすることではありません。
Q 7. 契約の内容は、自由に決められますか?
任意後見契約は「契約」ですから、契約自由の原則に従い、当事者双方の合意により、法律の趣旨に反しない限り、自由にその内容を決めることができます。
誰を任意後見人として選ぶか、その任意後見人にどのような代理権を与え、どこまでの仕事をしてもらうかは、委任者本人と任意後見受任者との話合いにより、自由に決めることができます。
Q 8. 任意後見人は、身内の者でもなれますか?
法律が任意後見人としてふさわしくないと定めている事由がない限り、成人であれば、誰でも、委任者本人の信頼できる人を任意後見人にすることができます。本人の子、兄弟姉妹、甥姪等の親族や知人でもかまいません。
なお、法律が任意後見人としてふさわしくないとしているのは、次の事由がある人です。
- 家庭裁判所で法定代理人・保佐人・補助人を解任された者
- 破産者・行方不明者
- 本人に対して訴訟をし、またはした者およびその配偶者ならびに直系血族
- 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適さない事由がある者
Q 9. 身内の者に任意後見人となるべき適任者がいない場合には、どうしたらよいですか?
弁護士、司法書士、行政書士、社会福祉士等の専門家に依頼してもよいですし、最近では、市町村等の支援を受けて後見業務を行う市民後見人の制度も活用できます。厚生労働省ホームページによりますと、現在約4分の1の市町村が市民後見人の育成・活動支援に取り組んでいるようです。
さらに、いわゆる市民後見人型のNPO法人その他の法人に後見人になってもらうこともできます。例えば、社会福祉協議会等の社会福祉法人、公益社団法人成年後見リーガルサポートセンター、公益社団法人コスモス成年後見サポートセンター、公益社団法人家庭問題情報センター等があります。
Q 10.任意後見人や後見監督人の報酬は、どうなりますか?
任意後見人に報酬を支払うか否か、支払う場合にいくらとするかは、委任者本人と任意後見受任者との話合いで決めることになります。身内の方が任意後見人となる場合には、無報酬とする事例も多いようです。
任意後見監督人の報酬額は、家庭裁判所が事案に応じて決定します。委任者本人の財産の額、監督事務の内容その他の諸事情を総合して決定されているようです。報酬額の目安については、各家庭裁判所のホームページで公開されています。なお、この報酬額は委任者の財産から支払われます。
Q 11. 任意後見契約の標準的な代理権目録は、どうなっていますか?
各公証役場においてご案内しますが、例えば、下記のようなものです。
記
- 不動産、動産等すべての財産の保存、管理及び処分に関する事項
- 金融機関、証券会社とのすべての取引に関する事項
- 保険契約(類似の共済契約等を含む。)に関する事項
- 定期的な収入の受領、定期的な支出を要する費用の支払に関する事項
- 生活費の送金、生活に必要な財産の取得に関する事項及び物品の購入その他の日常生活関連取引(契約の変更、解除を含む。)に関する事項
- 医療契約、入院契約、介護契約その他の福祉サービス利用契約、福祉関係施設入退所契約に関する事項
- 要介護認定の申請及び認定に関する承認又は審査請求並びに福祉関係の措置(施設入所措置を含む。)の申請及び決定に対する審査請求に関する事項
- シルバー資金融資制度、長期生活支援資金制度等の福祉関係融資制度の利用に関する事項
- 登記済権利証・登記識別情報、印鑑、印鑑登録カード、住民基本台帳カード、個人番号(マイナンバー)カード・個人番号(マイナンバー)通知カード、預貯金通帳、キャッシュカード、有価証券・その預り証、年金関係書類、健康保険証、介護保険証、土地・建物賃貸借契約書等の重要な契約書類その他重要書類の保管及び各事項の事務処理に必要な範囲内の使用に関する事項
- 居住用不動産の購入及び賃貸借契約並びに住居の新築・増改築に関する請負契約に関する事項
- 登記及び供託の申請、税務申告、各種証明書の請求に関する事項
- 遺産分割の協議、遺留分侵害額の請求、相続放棄、限定承認に関する事項
- 配偶者、子の法定後見開始の審判の申立てに関する事項
- 以上の各事項に関する行政機関等への申請、行政不服申立て、紛争の処理(弁護士に対する民事訴訟法第55条第2項の特別授権事項の授権を含む訴訟行為の委任、公正証書の作成嘱託を含む。)に関する事項
- 復代理人の選任、事務代行者の指定に関する事項
- 以上の各事項に関連する一切の事項
Q 12. 先ほど(Q 11)の標準的な代理権目録はかなり広範なものですが、これを制限することはできますか?
契約ですから、標準的な代理権目録のうち不要な項目を削除したり、限定的な内容に変更したり、さらには制限を付したりすることができます。
例えば、「1 不動産、動産等すべての財産の保存、管理及び処分に関する事項」について、「ただし、居住用不動産の処分は含まない。」とする例は、よく見受けられます。
また、「2 金融機関、証券会社とのすべての取引に関する事項」を「○○銀行○○支店の委託者名義の普通預金口座(口座番号○○)から月額合計金○○万円を限度とする払戻し」とする例など、制限的な内容とすることもあります。
Q 13. 任意後見人は、いつから仕事を始めるのですか?
任意後見契約は、委任者本人の判断能力が不十分となった場合に備えて、あらかじめ締結されるものですから、任意後見人の仕事は、委任者がそういう状態になってから、始まることになります。
具体的には、任意後見受任者や親族等が、家庭裁判所に対し、委任者本人の判断能力が低下して任意後見事務を開始する必要が生じたので「任意後見監督人」を選任してほしい旨の申立てをします。そして、家庭裁判所が、任意後見人を監督すべき「任意後見監督人」を選任しますと、その時から任意後見契約の効力が発生し、任意後見受任者は「任意後見人」として、契約に定められた仕事を開始することになります。
Q 14. 任意後見監督人の仕事の中身は、どういうものですか?
任意後見監督人は、任意後見人から定期的にその事務処理の状況の報告を受け、これに基づいて任意後見人の事務処理状況を家庭裁判所に報告し、その指示を受けて任意後見人を監督します。このように家庭裁判所がその選任した任意後見監督人を通じて任意後見人の事務処理を監督することで、万が一、任意後見人による代理権の濫用(使い込み等)があっても、これを防止することができる仕組みになっています。
Q 15. 判断能力はあるものの、年を取ったり病気になったりして体が不自由になった場合に備えて、あらかじめ、誰かに財産管理等の事務をお願いしておきたいのですが、これも任意後見契約で対応できますか?
任意後見契約は、委任者本人の判断能力が低下した場合に備える契約で、本人の判断能力が不十分となったことを前提として、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力を生ずるものなので、ご質問のような場合には、対応できません。
そこで、ご質問のような場合には、任意後見契約と同時に「(財産管理等)委任契約」を締結することにより、対処することになります。実務上は、「(財産管理等)委任契約」を「任意後見契約」と組み合わせて同時に締結することが多く、このような契約形態を「移行型」と呼んでおります。これは委任者の判断能力があるうちは委任契約によって対処し、その後、委任者の判断能力が低下し、裁判所が任意後見監督人を選任して任意後見契約の効力が発生した場合は、委任契約の効力を失効させ、委任契約から任意後見契約に移行することから、「移行型」と呼ばれているのですが、本人の判断能力が低下しない間は、委任契約のみで対処することになります。
厚生労働省ホームページによりますと、平成24年当時、高齢者の「認知症有病率推定値」は15%とされており、多数の高齢者は認知症となっておらず、判断能力を有しているとみられますから、委任契約を任意後見契約と同時に締結することには意味があると思われます。
Q 16. 認知症により本人の判断能力が既にやや低下しているのですが、任意後見契約を締結できますか?
もちろん本人の判断能力がなければ、任意後見契約は締結できません。しかし、認知症であるからといって直ちに判断能力が欠けていると評価されるわけではありません。厚生労働省の平成30年6月付けの「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」では、①本人の意思決定能力は行為内容により相対的に判断される、②意思決定能力は、認知症の状態だけではなく、社会心理的・環境的・医学身体的・精神的・神経学的状態によって変化するので、残存能力への配慮が必要であるとされています。結局のところ、公証人において、委任者本人や関係者からの説明、医師の診断等を参考に個別に判断能力の有無を判断し、公正証書が作成できるかどうかを決めることになります。
Q 17. 任意後見契約は登記されるそうですが、どうしてですか?
任意後見契約が締結されますと、公証人の嘱託により、契約内容が指定法務局(東京法務局)で登記されます。これは、本人の判断能力が不十分な場合は本人自ら契約等をすることができないので、任意後見人が本人を代理してすることになり、その場合には、委任状に代わる代理権限を証する書面が必要となりますが、この登記がされると、任意後見人は、法務局から、任意後見人の氏名や代理権の範囲を記載した「後見登記事項証明書」の交付を受けて、自己の代理権を証明することができます。取引の相手方も、任意後見人から、その「後見登記事項証明書」を見せてもらうことにより、安心して本人との取引を行うことができます。
この後見登記事項証明書は、国の機関が発行する信用性の高い文書で、銀行等の金融機関への届出の際にも必要となります。
Q 18. 病気等で公証役場に出向くことができないときでも、任意後見契約を締結することができますか?
ご質問の場合には、公証人が、自宅や病院に出張して公正証書を作成することができます。なお、この場合には、通常の手数料に病床執務加算(手数料額の 10 分の 5)があり、また、日当と現場までの交通費が加算されます。
Q 19. 新型コロナ感染症拡大の影響で、施設が外部の者との面会を禁止しているのですが、そのようなときでも、任意後見契約を締結することができますか?
任意後見契約は、本人の判断能力や意思を確認することが重要ですので、本来は公証人が本人と直接面談した上で作成するのが原則です。しかし、ご質問の状況にあるときは、本人が第三者に対する委任状を作成し、当該代理人が任意後見受任者と任意後見契約をすることが認められています。その場合も、公証人がテレビ会議システム等によって本人の意思を直接確認することとされています。
Q 20. 任意後見契約を、途中でやめることはできますか?
任意後見契約を解除することは可能です。ただし、下記のとおり、解除する時期により、その手続が異なります。
- 任意後見監督人が選任される前
公証人の認証を受けた書面によって、いつでも、どちらからでも解除することができます。合意解除の場合には、合意解除公正証書を作成するか、解除の合意書に公証人の認証を受ければ、すぐに解除の効力が発生します。
これに対し、当事者の一方による解除の場合は、解除の意思表示のなされた書面に公証人の認証を受け、これを相手方に内容証明郵便で通知することが必要で、通知が相手方に到達した時に解除の効力が発生します。 - 任意後見監督人が選任された後
任意後見監督人が選任された後は、正当な理由があるときに限り、かつ、家庭裁判所の許可を受けて、解除することができます。
なお、任意後見人について不正な行為等の任務に適しない事由が認められるときは、家庭裁判所は、本人、親族、任意後見監督人の請求により、任意後見人を解任することができることになっています。
Q21. 任意後見契約を結ぶには、どんな書類等が必要ですか?
次の書類等が必要となります。
- 本人について
- 印鑑登録証明書+実印(または運転免許証・マイナンバーカード等の顔写真付き公的身分証明書+認印または実印)
- 戸籍謄本または抄本
- 住民票
- 任意後見人となる人(任意後見受任者)について
- 印鑑登録証明書+実印(または運転免許証・マイナンバーカード等の顔写真付き公的身分証明書+認印または実印)
- 住民票
なお、受任者が法人の場合は、法人代表者の印鑑証明書+代表者印および資格証明書
※ 印鑑登録証明書または法人代表者の印鑑証明書および資格証明書については、発行後3か月以内のものに限ります。
Q 22. 任意後見契約公正証書を作成する費用は、いくらでしょうか?
次のとおりの費用がかかります。
- 公証役場の公正証書作成手数料
1契約につき1万1000円。それに証書の枚数が法務省令で定める枚数の計算方法により4枚を超えるときは、超える1枚ごとに250円が加算されます。
なお、本人が病床にあって公証人が出張する場合には、病床執務加算(5500円)があり、1契約につき1万6500円となります。また、日当と交通費も必要となります。 - 法務局に納める収入印紙代
2,600円 - 登記嘱託手数料
1,400円 - 書留郵便料
登記申請のため法務局に任意後見契約公正証書謄本を郵送するための書留料金ですが、その重量によって若干異なります。 - 正本謄本の作成手数料
証書の枚数×250円
※ 任意後見契約と併せて、通常の「(財産管理等)委任契約」をも締結する場合には、その委任契約について、更に手数料が必要になります。
※ 受任者が複数になると、受任者の数だけ契約の個数が増えることになり、その分、費用も増えることになります。ただし、受任者の権限の共同行使の定めがあるときは、1契約として計算されます。